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「続・東方伊吹伝」
一章:家族会議で萃無双

萃香の思惑

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 時は零時。場所は博麗神社、境内。
 その入り口に立つ鳥居から、薄雲を越えて届いた月明かりで作られた長い影が伸びている。
 今夜は月が明るい。空を見上げると、天蓋に浮かぶ月の明るさに瞼が自然と細くなる。手を伸ばせば届きそうなほど近くて遠い月。
 萃香は杯になみなみと酒を注いだ。そのまま夜の静寂に身を任せる。
 月夜に何を想い耽る。波紋が消え、月が映る。それに何を投影したのか、萃香は満足気に頬笑み、杯のそれを呑み干した。
 
 萃香は月が大好きだ。それと同時に、大嫌いでもあった。

 月は大和と名付けた息子の生まれ故郷。月は大和と出会う切っ掛けを与えてくれた場所。かげがえのない友人が、ついこの間まで長く苦しい時間を送る原因を作った場所。

「いっそのこと、月なんて無くなればいいのになぁ」

 そうすれば悩む必要もなくなる。そうぼやいた萃香に待ったを掛けるような、それでいてゆったりとした声が隣から上がった。

「それは困るわ。月見酒が出来なくなるなるもの」
「一度辛酸を舐めさせられた場所なんだ、いいじゃないかよう」

 小馬鹿にするように笑った萃香の隣で、長い金髪の女性――紫は杯を月に掲げることをもって返答とした。
 所詮、いま見えている月は実際のものと別物だ。辛酸を舐めさせられたのは地上から見上げる月ではなく、静かな海と呼ばれる先にある月の都。表の月は地上から見上げる者だけが楽しむことが出来る特権なのだと。

「……」
「……」

 黙って杯に酒を注ぐ。
 呑み干すまでに時間が掛った。

「なんでこう、最近の酒は苦く感じるのかねぇ」

 珍しくちびりちびりと呑んでいた萃香がそう呟いた。その呟きに込められた侮蔑とも取れる感情。杯に映る自分に、萃香の顔には嘲笑が浮かんだ。

「紫、わたしは間違ってるかな?」
「いいえ、貴女は正しい。その正しさが彼らを傷つけるのなら、それは仕方のないことですわ」
「それ込みで始めたことさ、それについて今更何も言うまいよ。ただ――そう、ただ、想像してた以上に辛いだけさ」

 大和は全てを受け入れる幻想郷の管理者になる道を選んだ。それは、この先立ちはだかる全ての幻想に立ち向かう事を意味する。
 その道のりは遠く険しいものになる。今までは大和一人だけが傷つくだけで良かった。しかし、幻想郷という世界を廻す以上そうはいかなくなる。
 誰も傷つかずに進むことなど出来なくなる。前に進もうとすればするほど、救いの手を伸ばした分だけ他の誰かが傷ついていく。それが大和なのか、他の誰かなのか今は分からない。しかしそれは起こるのだ。嘗ての紫のように、幻想郷に戻ったばかりの大和のように。幻想郷が全てを受け入れる限り、それは続いていく。

 ――だから、大和は誰に対しても平等でなければならない。平等でなければ耐えられない。

「理想と現実の境界に押し潰される前に枷を外す――ごめんなさい、嫌な役目を押し付けて。貴女だって、本当なら……」
「別に構わないよ、大和だってもうとっくに理解してるはずなんだからさ。それこそ、あの巫女を失った時にね。それを子供の理屈でだだを捏ねているだけだ。"認めるくらいなら子供のままでいい" って」
「じゃあ彼を地底に送ったのも?」
「大将には覚妖怪と会わせるように頼んである。そうすりゃ、義務のために自分を殺してまでやってたことに気付くだろ? それでも知らんぷりをするなら、私が何度だって、理解するまで教えてやる」
「……ごめなさい、萃香。本当なら私が教えるべきことなのに」
「いいよ、教えるのは親の義務だ」

 ――管理者は誰に対しても平等でなければならない。
 贔屓にする者をつくれば不和を生む種となる。
 ――管理者は全てにおいて取捨選択をしなければならない。
 どちらがより幻想郷にとって価値が高いかを見極めて。

 幻想郷の管理者となるのなら、そうならなければならない。
 そうでなければ、何かの為に誰かを犠牲にしなければならない場面で、大和は必ず躊躇い、自分自身を犠牲にしようとするだろう。
 だがそれは許されない。幻想郷の管理者が自己犠牲を選ぶなどあってはならない。責任を放棄するこなど許されないのだ。それが管理者の責務であるのだから。

 萃香はそれを大和に教えることが辛かった。
 "全ての人と手を取り合うために絶対諦めない" それが大和の亡き想い人への誓い。その心の柱を、譲れないと心に決めた誓いを踏みにじる行為に萃香は胸が引き裂かれそうなほど悔やんでいる。どうして息子の夢さへ守ることができないのか。自分たちは何故こうも無力なのかと。

「―――って、紫は考えてるんじゃないか?」
「……え?」
「やっぱりそう考えるよなぁ紫なら。……なあ紫、わたしが可愛い息子を苦しめるようなことをすると思うかい? 心を鬼にして、お前もそろそろ物事の分別を付けろって言うとでも思ったんだろう? 馬鹿だねぇ、そんなことするわけないだろう」

 萃香はまっすぐ紫を見つめてそう言いきった。
 そう、萃香が大和を苦しめるような事をすることは万に一つもない。在りはしない。理由なんてもの萃香にはない。あるとすれば、どれ程時間が経とうとも大和が自分の息子だからか。

「枷を外すってのは、あの小娘たちを大和から遠ざけるって意味じゃない。わたしはそれでも全然構わないんだけど、大和が嫌がるのは目に見えてるだろ? だったらあいつら自身が大和の枷にならなかったらいい」
「貴女まさか……」
「そう。わたしが今回こんな茶番を用意したのは、あの小娘たちを成長させるためなのさ。足手纏いになるっていうなら、足手纏いにならないくらい強くなればいい。そうすりゃ全部巧く回るさ」
「……不可能よ。腕っ節の強さならどうにかなっても、心の強さだけはどうしても時間が必要になるわ」
「できるさ」
「何故そうも言い切れるの?」
「自分たちがそう望んでいるからさ。あの小娘共は庇護下に置かれるのを良しとしない。何時だって対等で、隣にいられる関係を望んでる。だからこそ腹立たしいんだけどね」
「……必ず破綻するわ」
「その時は潔く諦めてもらうさ。もっとも、そんな時は来ないだろうけど」

 何気なく萃香はそう言ったが、紫はその目論見が成功するとはとても思えなかった。
 霊夢たちと大和の間には、どうあっても埋めることの出来ない経験の差がある。大和が経験した千年で得たものは数知れず、数字で表せられないほどの重さがある。萃香はその千年の重みを、齢二十にも満たない少女たちに背負えと言っているのだ。
 長い年月を掛けて数々の人妖を見てきた紫には、それがどれだけ酷なことなのかが分かる。だから紫は、萃香が大和の"利" にならない者との関係を絶とうとしているのだと思っていた。

「"そう、やっぱり貴女たちはそうなのね"」
「そうだね。わたし達、鬼は自分のしたいようするのを良しとするのさ」
「今も昔も変わらなく気に喰わない考えね。反吐が出る」
「自分を押し殺した人生に何の楽しみがあるって言うんだい? 教えてくれよ、枷に囚われた妖怪の賢者様」

 幻想郷を揺るがしかねない二人の放つ一触即発の空気に、境内の近くで様子を伺っていた小妖怪や野鳥がいっせいに逃げ出していった。

「ねぇ萃香、私は貴女のことを大切な友人だと思っているわ」
「わたしも同じさ」
「和解と言ってはなんだけど、大和に負けてからはある程度気持ちに整理をつけられたと思っている」
「そうかい」
「でも、貴女や貴女たちと分かり合える日がくるとは思えないわ」
「そうかい? わたしはそうは思わないよ」

 紫は杯を宙へと放り、腰掛けていた鳥居の上から離れた。杯が地に落ちた音はしない。既に開かれていた隙間の中へと吸い込まれていたから。

「……せいぜい頑張りなさい」

 紫は萃香に背を向けたまま、少しの間を空けてそう言った。その間にどのような葛藤があったのか、萃香は推し量ることは出来なかった。ただ、曲がりなりにも送ってくれた応援の言葉を、曲がった受け方をしてはならないとだけ思い、萃香はこう言った。

「ありがとう」

 その言葉に紫は一度も振り返らず、隙間の中へと消えていった。萃香もそれを黙って見送った。

「……ん?」

 そして遠く見つめる先、魔法の森から文字通り飛んで来る存在を萃香は感じ取った。一日は安静にする必要があるくらいには痛め付けたはずなのに、と萃香は思ったが、頭に血が昇っていれば無茶もするかと納得できた。

「わたしは別に勝とうが負けようがどうでもいいんだ。ただ、おまえ達がどれだけ覚悟を持っているのかを見せてくれればそれでいい。そうすりゃ、自然とお前たちが勝つさ」

 ――見せてみな、大和が信じるお前たちの強さを
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~ Comment ~

NoTitle 

萃母さん、貴方は素晴らしい母親だ!
実際、今の時代これほど子供の事を想える親はいるのでしょうか?
大変楽しかったです。これから先、紫の言葉が正しいのかそれとも萃香の言葉が正しいのか。非常に気になりますね。

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